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東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)767号 判決

原告

斉藤牧太郎

被告

市倉和典

主文

1  被告は原告に対し金五五万〇、二三七円及び内金四四万九、四七七円に対し昭和四七年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金六六一万二、七八九円及び内金六一一万八、五〇五円に対して昭和四七年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

昭和四六年七月四日午前一〇時一〇分ごろ、東京都西多摩郡羽村町栄町三の四先交差点においてほぼ南北に通じる道路(以下A道路という。)上を北から南へ向つて進行してきた被告運転の自家用普通軽乗用車(多摩五は六三四五号)(以下被告車という。)と、ほぼ東西へ通じる道路(以下B道路という。)上を東から西へ向つて進行していた原告運転の自転車(以下原告自転車という。)が衝突し、原告は受傷し、原告自転車も大破した。

2  原告の受傷の程度

本件事故により原告の受けた傷害は入院約一か月、通院加療期間不明(現に通院中)の右第三ないし第一〇肋骨骨折、左肘部挫創等である。

3  責任原因

(一) 受傷による損害について

被告は被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条の責任。

(二) 物損について

被告には、時速六〇キロメートル以上の速度で被告車を運転して前記交差点に差しかかつた際、前方注視義務を怠つたため、折から右交差点南側にある横断歩道上を原告自転車に乗つて横断中の原告に気づかず、前記速度のまま漫然運転を継続して右交差点に進入し、被告車の前部を原告自転車の右側後部に衝突させた過失があるので民法七〇九条による責任。

4  損害

(一) 積極損害

(1) 治療費、附添費等(自賠責保険による填補分を除く。)

(イ) 通院治療費 金一一万八、〇三〇円

(ロ) 通院交通費 金三万九、六〇〇円

(ハ) 入院諸雑費 金五万五、〇〇〇円

(ニ) 入院附添費 金六万円

(ホ) 附添人食費 金一万四、八〇〇円

(ヘ) 診断書等作成手数料 金二、五〇〇円

(ト) 鑑定診察料 金九〇〇円

計 金二九万〇、八三〇円

(2) 物損

(イ) 原告自転車(大破使用不能) 金五、〇〇〇円

(ロ) 義歯修理代 金二万七、二六〇円

計 金三万二、二六〇円

(二) 逸失利益

原告は本件事故当時東京警備保障株式会社に勤務し、本件事故前三か月間の平均給与(月額)は金七万九、〇六三円であつた。また同社には定年制がなく健康な限り雇傭関係が継続するので、原告の場合七〇歳に達する昭和五三年まで勤務可能であつたところ、本件事故によりその職を失い、後遺症のため再就職の望みもない。よつて本件事故による原告の逸失利益は、

(1) 昭和四六年七月から昭和四七年六月まで、金六三万二、五三四円。右期間原告は治療のみに追われ、全く勤労ができなかつたので、右平均給与の一二か月分から生活費三分の一を控除した実質収入相当分。

(2) 昭和四七年七月から昭和五三年六月まで、金二一六万四、七八一円

右期間は労働能力が三分の一低下し、年間の実質収入は金四二万一、八九〇円となるので、その六年分の現在価格

(3) 以上合計金二七九万七、三一五円

(三) 立替金

原告は本件事故後昭和五〇年一月までの間、同社より健康保険料及び厚生年金保険料として合計金一九万二、三八四円の立替を受け、右同額の求償金債務を負担したので、右債務相当額も本件事故と相当因果関係にある損害として請求する。

(四) 慰藉料

原告は昭和四四年六月、それまで二〇年間勤続した米陸軍憲兵司令部を定年退職した後、同年一〇月一三日から前記会社に勤務中であり、従来健康そのもので息子、娘とともに幸福に暮し、また孫の顔を見るのを楽しみにする生活を送つていたところ、本件事故により大きな精神的シヨツクを受けたのはもちろん、現在も腰痛に苦しみ、手が自由に動かぬなど気分もすぐれず、悶々の毎日を送つている。しかも被告は誠意をもつて示談交渉に応じようとしないため、その精神的苦痛は一層大きく、その損害を金銭に換算すると金五〇〇万円が相当であるところ、本訴においてはその内金三〇〇万円を請求する。

(五) 弁護士費用

本件事故による原告の前記損害について被告は任意の弁済に応じようとしないので、原告は弁護士臼杵祥三らに本件訴訟を委任し、昭和四七年七月二九日着手金一〇万円を支払い、さらに判決言渡期日に報酬として金二〇万円を支払うことを約した。

5  よつて被告に対し右損害合計金六六一万二、七八九円及び右損害金のうち、鑑定診察料、診断書等作成手数料中昭和四八年六月一九日支払分金一、〇〇〇円、立替金及び弁護士費用を除いた金六一一万八、五〇五円につき損害発生の日の後である昭和四七年九月一日以降完済に至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(本件事故の発生)について、原告自転車が大破したことを除き、その余は認める。

2  同第2項(原告の受傷の程度)

不知。

3  同第3項(責任原因)について

(一) 被告が被告車を保有していることは認めるが、自賠法三条の責任については争う。

(二) 被告の過失については否認

4  同第4項(損害)について

(一) 積極損害

(1) 附添費、同交通費、同食費は否認。原告に附添つたのは職業的附添婦ではなく、原告が近親者に好意的に附添わせたものである。

その余は不知。

(2) 物損については不知。原告自転車は老朽化していて到底金五、〇〇〇円の現存価値があつたとは考えられない。

(二) 逸失利益

否認。仮に原告に後遺症が認められるとしても労働能力の全喪失に近いようなものではない。

(三) 立替金

原告主張の各保険料は東京警備保障株式会社が原告との約定に従つて支払つたもので、原告の損害ではない。

(四) 慰藉料

否認。

(五) 弁護士費用

不知。

三  抗弁

1  過失相殺

被告車が進行したA道路は車道幅員一八メートル(片側八メートル、中央に幅員二メートルの分離帯がある。)さらにその両側に三、四メートルの歩道がある道路であり、一方原告自転車の進行したB道路は幅員七、八メートルの道路であつて、本件事故地点は右各道路が交差する信号機の設置していない交差点である。そしてB道路の本件交差点手前直近には一時停止の標識があり、白色ペンキの一時停止線が引かれている。ところが原告は一時停止することなく、しかも交差点進入直前ではA道路を走行してくる被告車を認めながら漫然と本件交差点に進入したのであり、そのうえ進入後も被告車が迫つてくるのを見ていたのであるからその時点でも直ちに停止すべきであるのにそれもせず、さりとてスピードを上げて走り抜けることもせずにゆつくりと横断を継続したために本件事故が発生した。以上のとおり原告には一時停止義務違反、左右安全確認義務違反の過失があつた。

一方被告は時速六〇キロメートルで進行中、本件交差点の前方約二四・八メートルの地点でB道路から本件交差点に進入してきた原告を初めて発見(本件交差点の被告及び原告が相互に見通す角には道路に面して高さ約二メートルの金網があり、右金網沿には立木が植えられていて見通しが悪く、被告としては右地点まで原告を発見することは不可能であつた。)して危険を感じると同時に急制動をするとともに、ハンドルを右に切つて衝突を回避しようとしたが、原告は前記のように被告車を見ながらなおゆつくりと進行を続けたため衝突してしまつたものである。

以上のとおり本件事故発生には原告の過失が重大な原因をなしているから、相当割合の過失相殺をすべきである。

2  一部弁済

被告は原告に対し合計金一一五万三、八七五円(内金九〇万三、八七五円は治療費として、内金二五万円は休業補償として)を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項(過失相殺)について

B道路に一時停止の標識があつたことは認めるが、その余は否認。

原告が本件交差点にさしかかつた際、右方を確認したときは被告車は約一〇〇メートル手前にいたので、原告はそのまま本件交差点に進入し、中央線付近まで達しようとしたところ、被告車はブレーキとアクセルを踏み違い、制動もかけないまま時速六〇キロメートル以上の高速で原告自転車の右側後部から斜め追突の形で衝突したもので、原告には全く過失はない。

2  同第2項(一部弁済)について

休業補償金二五万円の支払は認めるが、その余は否認。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告自転車が大破したとの点を除き、請求原因第1項の事実(本件事故の発生)及び被告が被告車の保有者であることは当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故につき、被告の過失の有無及びこれに併せて原告の過失の有無を判断する。

1  本件事故現場の状況

〔証拠略〕を総合すればつぎの事実が認められる。

本件事故現場である交差点は、A道路(被告車が進行してきたほぼ南北へ通じる道路)とB道路(原告自転車が進行してきたほぼ東西へ通じる道路)が直角に交わる交通整理の行われていない交差点であり、各道路の状況としては、A道路は歩車道の区別のある幅員二四・八メートル(車道は幅員二メートルの中央分離帯によつて上下線に分れ、片側それぞれ幅員八メートルで車両通行帯三、但しその一番外側の第一通行帯は他の通行帯の幅の約二分の一である、を持ち、その両外側に幅員三・四メートルの歩道が設置されている)の道路であつてアスフアルト舗装され、制限速度は時速五〇キロメートル、B道路は歩車道の区別のない幅員七・八メートルの道路(本件事故当時は簡易舗装で所所穴があいていた。)であつて、制限速度は時速二〇キロメートル、しかも本件交差点入口には一時停止の標識も設置されていた(当事者間に争いがない。)。従つてA道路通行車両に道交法三六条第三項(改正前)の規定に基づく広路優先権がある。そして原告及び被告が相互に見通す本件交差点東北角には高さ約二メートルの金網の塀があり、その内側に樹木が植えられていて見通しを遮つている。但し右塀の角は角切がしてあるうえ角付近には背丈の高い樹木は植えられていないため、A道路進行車両の運転者は本件交差点のかなり手前(少なくとも五〇メートル手前の地点では以下の見通しが可能と推認される。)において右金網越しにA道路車道外側線の延長線から約八メートル手前(同線から約六メートル手前の地点より東に設置してあるブロツク塀の一区画分((約一・八メートル))以上手前)にあるB道路上の本件交差点進入前の走行車両を見通すことが可能である。

2  事故の状況

(一)  〔証拠略〕によれば、本件事故現場の状況、被告車のスリツプ痕の残存とその状態、本件事故によつてはね飛ばされた原告及び原告自転車の方向、距離は別紙図面記載のとおりであり、〔証拠略〕によれば、被告車は本件事故により左前及び左横フエンダーに損傷を受けたこと、〔証拠略〕によれば、原告自転車も本件事故により後車輪が右側へ「く」の字に曲る損傷を受けたことがいずれも認められ、右各事実を総合すると、本件事故の状況につき、まず、つぎの諸事実を認めることができる。

(1) 被告車は急制動がかけられるとともに右に転把された(スリツプ痕による。)。

(2) 被告車の左前部角が原告自転車の中央部付近に衝突した(車両の損傷箇所による。)(原告も危険を避けようとして原告自転車を左に転把したと推認される。((原告自転車の転倒位置による。)))。

(3) 衝突地点は本件交差点内、A道路の第二通行帯と第三通行帯の区分線と、B道路左外側線の各延長線の交点附付近(A道路車道左外側の延長線から約四・七五メートルの地点である(以下本件事故地点という。)(スリツプ痕及び原告、原告自転車の各転倒位置による。)。

(4) 衝突したときの被告車の速度はさしたるものではなく、従つて制動前も格段の高速度は出ていなかつた(本件事故地点と原告、原告自転車各転倒地点までの距離並びにスリツプ痕の長さによる。)。

(二)  右諸事実を基礎に、〔証拠略〕を総合すればつぎの各事実が認められ、〔証拠略〕中以下の認定に反する部分は採用せず、他にこれに反する証拠はない。

(1) 被告車

被告は昭和四六年五月二六日第一種普通免許を取得し、本件事故の前日に被告車を入手したので、本件事故当日は勤務先から自宅までの道順を調べるためこれを運転し、A道路上の第二通行帯上左側歩道との間に約二メートルの間隔を保つ附近を北から南へ向つて時速約六〇キロメートルで進行、本件交差点に近づき本件事故地点から約二五メートル手前の地点にさしかかつた時、B道路から本件交差点内、A道路車道左外側線の延長線よりやや外側附近にすでに進入(後記認定の原告自転車の速度と本件事故地点の位置を勘案すれば、被告発見時の進入距離は右程度と認める。)し、なお進行を継続して被告車進路上に進出しようとしている原告自転車を左前方に発見し、危険を感じて直ちに急制動をかけるとともに右に転把して衝突を避けようとしたが及ばず、本件事故地点で被告車の左前部角と原告自転車の右側サドル附近とが衝突し、原告を左斜め前方へ約一〇・四五メートル、原告自転車をさらにその左寄り約六・六メートルの各地点まではね飛ばした(なお、被告は右衝突後は被告車のブレーキを緩め、約三〇メートル走行し、中央分離帯に沿つて停止した。)。

(2) 原告自転車

原告は本件事故当時六四才で東京警備保障株式会社に警備員として雇傭されていたが、事故当日朝同社から派遣された勤務場所での二四時間連続の警備勤務を終了し、帰宅するため原告自転車に乗つてB道路を最寄りの国鉄青梅線小作駅に向うべく東から西へ進行して本件交差点にさしかかり、交差点入口附近で徐行しながら右方A道路上の交通状況を確認したところ、被告車が進行してくるのを認めたが、同車はかなり近い距離まで来ていたのにもかかわらず、その目測を誤つて、約一〇〇メートルの遠距離にあり、同車が本件交差点に進入するまでにはまだかなりの余裕があるものと錯覚した結果、同車の前に横断しようとして漫然と本件交差点に進入し、速度を時速約二〇キロメートルないし約二五キロメートルに上げつつ横断を開始した後、被告車が意外に近距離にあり原告自転車に迫つてくるのに気づいたが時すでに遅く、本件事故に至つた。

なお、〔証拠略〕中には、原告がA道路上を進行してくる被告車を認めながらその進路に当る本件交差点内を徐行のまま原告自転車を走行させたためその間にかなり遠方にいた被告車が迫つてきて本件事故が発生したかのごとき部分があるが、原告が老令のうえ二四時間勤務の直後であり、かつ、被告車までの距離の目測を誤つていたとはいえ、それ程危険に対する感覚が鈍磨していたとは認められないから右供述部分は措信できず、他に原告自転車が本件交差点内をゆつくり横断しようとしたと直接的・間接的に認めるに足りる証拠はない(但し時間の齟齬の点については後記のとおり。)から、この点に関しては〔証拠略〕を採用して前記のとおり原告は原告自転車の速度を徐行から時速二〇キロメートルないし二五キロメートルに上げつつ本件交差点の横断を開始したと認めるのが相当である。もつともそうすると原告自転車が本件交差点内(A道路歩道外側線の延長線内)に進入してから本件事故地点まで約一・二秒ないし約一・五秒で達する計算(但し交差点内に進入した時には右速度に達していなかつたとすれば右時間以上を要する筈である。となるが、前記認定のとおり運転免許証を取得してまだ間もなく、しかも前日に被告車を入手したばかりの被告が危険を感じてからブレーキペダルを踏み替えるまでの空走時間と踏込み時間及び制動の効果が生じてから本件事故地点に至るまでの滑走時間の合計は少くとも二秒はあつたものと推認され、時間的くいちがいが生ずる可能性がある(しかも被告が原告自転車を発見したのは同車が本件交差点内に進入した後である。)。しかし右時間の齟齬の点については、衝突の瞬間原告自転車は停止していた旨の〔証拠略〕に照せば、原告は被告車が近距離に迫つてくるのに気づいて、本能的に左に転把して危険を避けようとするとともにブレーキもかけ、そのまま立ちすくんでしまつたことによるものと認めるべきであろう。

3  被告及び原告の過失

右認定の各事実によれば被告及び原告にはつぎのような過失があるというべきである。

(一)  被告

A道路からB道路の見通し可能範囲と被告が原告自転車を発見したときの同自転車の位置及びその間は同自転車が徐行から速度を上げていた過渡時間であつたことに照せば、被告は原告自転車を現に発見した時間より二秒以上前に発見できた筈であり、直ちに発見していれば仮に同車の動向を見極めて危険を察知するのに幾許かの時間を要したとしても少くとも一秒前には危険を知りえたというべく、その時即刻制動措置をとれば、被告車の時速六〇キロメートルから計算すると、本件の場合よりもさらに約一六・七メートル手前(本件事故地点からは二〇メートル以上手前)から制動の効果が表われたことになり、本件事故地点に至る前で停止可能(前記認定のとおりA道路はアスフアルト舗装であり、被告車も前日入手したものであるからタイヤの状態も良好と推認されるので路面とタイヤの摩擦係数を〇・七五ととることが可能であり、そうすると時速六〇キロメートルの被告車はブレーキの効果が表われてから二〇メートル以内で停止できる計算である。)であつたし、その分余裕をえることにより、場合によつては警笛を吹鳴して原告自転車の被告車進路上への進出を制止することも可能であつたといえる。ところで右発見の遅滞は、〔証拠略〕によれば、被告の前方不注視によるものと認められるから、被告の右前方不注視は本件事故と因果関係のある過失ということができる(なお被告車の進行速度時速六〇キロメートルはA道路の制限速度毎時五〇キロメートルを超えているが、仮に被告車が右制限速度で歩行していたとしても被告が原告自転車を発見した地点からでは空走距離、伝導距離を勘案すると、本件事故地点前に停止できないと認められるから、右速度違反は本件事故と因果関係のある過失とはいえない。)。

(二)  原告

本件事故の一因は原告が被告車を認めながら同車までの距離の目測を誤つて漫然と本件交差点に進入したことにあるのは前記のとおりであり、右目測の誤りはもとより過失というべきである(なお右過失は本件交差点進入前の一時停止義務違反の過失との因果関係も推認しうる。)。さらに前記認定のA・B両道路の各幅員に照せば、被告車進行のA道路の幅員が原告自転車進行のB道路の幅員より明らかに広いものであることはいうまでもなく、従つて原告には被告車の進行を妨げてはならない道路交通法上の義務(改正前の同法三六条三項)があるのに、前記目測の誤りによるものとはいえ、これに違反する結果を招来しているのである。

三  被告の責任原因

被告が被告車の保有であること及び右過失に照せば、被告は原告に生じた身体上の損害については自賠法三条による責任を免がれないとともに、物的損害についても民法七〇九条によりこれを賠償すべき義務があるというべきである。

四  過失相殺

しかし本件事故については前記認定のとおり原告にも過失があるのであり、双方の過失を比較した場合、被告には前方不注視の過失があつたとはいえ、被告車通行のA道路は広路優先権のある道路であつて、B道路から本件交差点に進入しようとする車両によつてはその進行を妨害されないと信頼しうる立場にあつたことに照せば、その過失は必ずしも重いとはいえない。一方原告は被告車の右広路優先権を侵害しているのであるが、その原因が被告車との距離を見誤るという初歩的かつ危険性の高い過失にあり、従つてその過失の程度は決して軽いということはできず、右両過失の割合は、原告がかなりの老令である点及び被告の運転車両が自動車であつたのに対し、原告のそれは自転車であつたという点を勘案してもなお被告四、原告六と認めるのが相当である。

五  損害

1  原告の受傷及び物損

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により右第三ないし第一〇肋骨骨折、左肘部挫創、右肩挫傷の傷害を受け、右外傷性肋膜炎を併発したこと(なお左坐骨骨折及び右股臼蓋骨折については後記のとおり。)〔証拠略〕によれば、同じく本件事故により義歯破損及び勤務先の東京警備保障株式会社から譲り受けていた原告自転車が大破したことがいずれも認められる。

2  治療経過及び後遺症

(一)  〔証拠略〕によればつぎの事実が認められ、これに反する証拠はない。すなわち、原告は本件事故日の昭和四六年七月四日から同年九月七日まで合計六六日間医療法人社団大聖病院(以下大聖病院という。)に入院して治療を受け、退院後も後遺症治療のためほぼ隔日に同病院に通院し、昭和四七年九月一四日に症状が固定したとの診断を受けたが、その後も原告は右肩関節痛、腰痛等を訴えて通院を続けている。

(二)  ところで鑑定人細川昌俊の鑑定結果によれば、昭和四八年一〇月二四日現在で鑑定した場合、原告の受傷の部位、程度(但し同鑑定が摘示している左坐骨骨折及び右股臼蓋骨折については後記のとおり本件事故により発生したものとは認めない。)からすれば、退院時には肋骨骨折は一応癒合したものと思われ、その後の歩行訓練や肩関節拘縮等に対するリハビリテーシヨンに要する期間を考慮すると、就労が全く不可能な期間は必ずしも断定しかねるが一応受傷後約四か月であつて、その後は就労可能となるが、後記の後遺症により労働能力が低下し、可能な作業は軽作業に限られると判断されること、しかし〔証拠略〕によれば大聖病院の担当医師は昭和四六年一一月二日現在で原告の治癒見込日を同年一二月三一日と診断していることがいずれも認められ、右各事実及び前記退院日を勘案すると、本件事故による原告の受傷の部位程度から見れば、原告の年令の点をも考慮したうえ、本件事故後昭和四六年一二月三一日までは受傷の治療と予後のリハビリテーシヨン等に要し、その間就労不能であるが、昭和四七年一月一日以降は就労可能となるのが通常であり、但し右就労可能後も従事できる作業は後遺症により軽作業に制限されると認めるのが相当である。

(三)  また後遺症については同鑑定結果によれば、つぎの事実が認められる。

原告には昭和四八年一〇月二四日現在で、肩関節の機能障害、腰痛、下肢痛、両側膝関節痛並びに両手指及び右足指のしびれ感の各症状があるが、右各症状の程度及び原因は

(1) 肩関節の機能障害

右肩関節には疼痛もあり、その運動域は正常運動域の二分の一以下に制限されている(左肩関節の運動域も軽度に障害されている。)が、右機能障害は、肋骨の多発性骨折とその際の胸膜損傷による疼痛のため約二か月間肩関節を十分に動かすことが不可能であつたことを原因とする肩関節の拘縮の後遺によるものである。又加令的要素が加味されている可能性も考えられる。

(2) 腰痛

体幹の運動域は正常のほぼ二分の一に制限され、運動に際して腰推下部に疼痛、胸椎には叩打痛がそれぞれあるが、右各疼痛部には加令的変化である変形性脊椎症の所見があるほか骨折はないので、右腰痛及び脊柱の運動障害は、年令的変化を基盤として、安静臥床、休業等による脊柱の運動量の減少が長期にわたつたことによりこれを増悪させたものと判断される。

(3) 下肢痛

両大腿部に軽度の筋力低下と歩行時の疼痛があり、また左大腿部には筋萎縮も認められるが、これは約二か月間歩行が十分にできなかつたための廃用性筋萎縮及び筋力低下による筋肉痛であつて長時間の歩行は不能である。なお下肢後面の疼痛については加令的変化を基盤とした筋力低下もその原因として加えられる。

但し、同鑑定は右歩行不能の原因を左坐骨骨折及び右股臼蓋骨折としており、前記認定の事故の態様から見れば、本件事故により右骨折があつたと考えても強ち不合理ではないが、しかし仮に右各骨折があつたとすれば、その重大性に照らし診断書等への記載もれはないと思われるのにもかかわらず、本件において提出された診断書、診療費明細書のいずれにもその記載がないことを勘案すれば、なお本件事故により右各骨折があつたと認めるに足りない。しかし前記認定の傷害によつてもかなり長期間歩行不能であつたと推認されるから右結論を左右しない。

(4) 両側膝関節痛

外傷によると思われる所見は全くなく、疼痛の原因は加令的変化によるものである。

(5) 両手指及び左足指のしびれ感

右各しびれ感の病理学的原因の存在部位は頸部であると考えられるが、右部位には加令的変化である変形性脊椎症の変化が見られるだけで骨折や脱臼は認められない。従つて右各しびれ感は加令的変化を基盤として外傷が加つて発症したものと考えられる。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実及び〔証拠略〕によれば、本件事故による受傷後の後遺症のうち労働能力を制限している主要なものは、右肩関節機能障害及び腰痛(脊柱運動障害)であることが認められるところ、右後遺症のうち右肩関節機能障害はその原因のほぼ全部が本件事故によるものと認められ、従つて右障害は本件事故と相当因果関係にあるものということができるが、腰痛についてはその主な原因が原告自身の加令による変形性脊椎症によるものであり、その加重原因と認められる脊柱の運動量の減少に関しても、右腰痛が脊柱の運動量の制限されていた入院中もしくはこれと接着する期間内に始まつたか増悪したと認めるに足りる証拠はなく(むしろ〔証拠略〕によれば、退院後約二か月を経て通常の場合は脊柱の運動量がかなり回復したといえる昭和四六年一一月二日現在において原告が主に訴えていた症状は右肩の運動制限及び疼痛であることが認められる。)、そうすると本件事故が果して腰痛の加重原因となるほどの長期の脊柱の運動量の減少と相当因果関係にあるか疑問の存するところというべきであり、右事実を勘案すれば、腰痛(脊柱運動障害)の後遺症は、本件事故と相当因果関係の認められる他の後遺症を基礎とする認定の場合の斟酌事由に止めることが相当である。

そうすると原告の本件事故に基く後遺障害は右肩関節機能障害を基礎とすべきところ、右障害は自賠法施行令別表(以下単に別表という。)第一〇級の九(一上肢の三大関中の一関節の機能に著しい障害を残すもの)に該当すると認められ、これに右腰痛(脊柱の運動障害)による障害及び前記認定の他の障害を斟酌すれば、本件事故に相当因果関係のある後遺症としては別表中第九級に定める基準を適用すべきであり、これと判断を異にする同鑑定結果は、本件事故との相当因果関係の点については考慮せず、単に現症を基礎にこれを別表にあてはめたものであつて、従つて直ちに採用することはできず、他に右判断を左右するに足りる証拠はない。

(四)  また以上の諸事実を勘案すれば、本件事故発生後昭和四六年一二月三一日までに原告に生じた損害については後遺症によるものを含み、全額本件事故と相当因果関係にあるといえるが、昭和四七年一月一日以降後遺症治療を基礎に生じた損害については、主要な症状の一である腰痛が本件事故と相当因果関係にあるとは認められない以上全額を算入することは許されず、その二分の一を本件事故と相当因果関係があるものとして取扱うのが相当である。

3  右認定をもとに以下各損害について判断する。

(一)  積極損害

(1) 治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故日から昭和四七年九月二四日までに代金合計金一〇二万一、九〇五円相当の治療を受けているが、その内訳は(イ)本件事故当日から昭和四六年一一月三〇日までの分、金六〇万二、四二五円、(ロ)同年一二月一日から昭和四七年一月三一日までの分、金八万四、八八〇円、(ハ)同年二月一日から同年九月二四日までの分、金三三万四、六〇〇円であることが認められ、右内訳中の(ロ)により、昭和四六年一二月一日から同月三一日までの治療費を金四万二、四四〇円と推認することができるから、本件事故日から同年一二月三一日までの治療費は合計金六四万四、八六五円(全額算入分)、昭和四七年一月一日以降の分は金三七万七、〇四〇円(半額算入分)となる。

そうすると、本件事故と相当因果関係にある治療費は金八三万三、三八五円というべきである。

(2) 通院交通費

〔証拠略〕によれば、原告は自宅から大聖病院まで通院するため昭和四六年九月一〇日から昭和四七年九月一七日まで一二回にわたつて一か月分金三、三〇〇円の通勤定期券(西武新宿線花小金井駅から拝島駅経由国鉄青梅線福生駅まで)合計三万九、六〇〇円を購入したことが認められるので、内昭和四六年一二月三一日まで三か月二〇日分金一万二、一〇〇円については全額、残額金金二万七、五〇〇円についてはその半額である金一万三、七五〇円、合計金二万五、八五〇円を本件事故と相当因果関係にある通院交通費と認める。

(3) 入院諸雑費

入院中の諸雑費については入院一日あたり金三〇〇円、合計金一万九、八〇〇円をもつて相当と認める。

(4) 附添費及び附添人食費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当日の昭和四六年七月四日から同年八月一一日まで三九日間附添を必要とし、その間実妹斉藤ちいの附添看護を受けた結果、同人に対し金六万円(一日金一、五〇〇円の割合、他に交通費金一、五〇〇円)の費用を支払い、また大聖病院に対しては附添食代金三七日分合計金一万四、八〇〇円を支払つたことが認められ、右各費用総計金七万四、八〇〇円は本件事故と相当因果関係にあるということができる。

(5) 診断書等手数料

〔証拠略〕によれば、原告は大聖病院から昭和四七年三月二七日付で本件事故による傷害名及び要附添期間についての診断書の作成を受けて同月三一日金五〇〇円を支払い、昭和四八年六月一八日付で後遺障害についての診断書の作成を受けて同月一九日金一、〇〇〇円を支払つたことが認められる(〔証拠略〕によれば、原告は昭和四七年四月二六日及び同年七月七日に大聖病院に対しそれぞれ金五〇〇円を書類作成手数料として支払つたことが認められるが、本件全証拠によるも右書類が本件事故と因果関係にあるものと認定できないから、右費用を損害に加えることはできない。)

そうすると右診断書作成手数料合計金一、五〇〇円(昭和四八年六月一九日支払の診断書手数料についても、遅延損害金の場合は格別、全額算入することが相当である。)は損害ということができる。

(6) 鑑定診察料

〔証拠略〕によれば、原告は当裁判所が本件につき採用した医師細川昌俊の鑑定に資するために昭和四八年一〇月四日国家公務員共済組合連合会立川病院におもむき初診料金九〇〇円を支払つたことが認められるが、右費用は全額本件事故と相当因果関係にあると認めるのが相当である。

(7) 物損

本件事故により原告の義歯が破損したこと、原告所有の原告自転車が大破したこと(使用不能と推認される。)は前記認定のとおりであり、〔証拠略〕によれば、原告は義歯を新に作成してその費用金二万七、二六〇円を支出したことが認められ、また原告自転車については、〔証拠略〕によれば、昭和四五年六月一八日現在すでに中古車であり、その価格は金六、五〇〇円であつたことが認められるので、一年以上経過した本件事故当日現在では金五、〇〇〇円の価値を有したものと認めることが相当である。

従つて、本件事故によつて原告に生じた物損は金三万二、二六〇円ということができる。

(8) そうすると、本件事故によつて原告が受けた積極損害は合計金九八万八、四九五円ということになる。

(二)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故後勤務先を休職したまま復職に至らず、その間給与を受けていないことが認められる。しかし前記認定のとおり本件事故と相当因果関係にある休業期間は本件事故日から昭和四六年一二月三一日までであり、昭和四七年一月一日以後の休職の継続は特別事情(被告が本件事故当時これを知り、または知りうべきであつたとの主張立証はない。)に属するので、これを休業損害の対象とすることはできないが、同日以降の就労可能も後遺症により労働能力が低下した状態におけるものであることまた前記認定のとおりであるから、同日以降の収入の喪失による損害は後遺症のための労働能力喪失による逸失利益の限度で認めることが相当である。

なお本訴においては原告は逸失利益につき、収入の三分の一に当る生活費相当分を控除した実質利益相当分のみを請求しているかのごときであるが、これは単に計算の根拠を示したに過ぎないものと解して処理するものとする。

(1) 休業損害

本件事故日から昭和四六年一二月三一日までの休業損害については、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故前の昭和四六年四月から同年六月までの三か月間に東京警備保障株式会社より合計金二三万七、一八九円の給与を支給されたことが認められ、そうすると原告はその後も一か月につき平均右金額の三分の一である金七万九、〇六三円をえたであろうと推認できるから、右休業期間(五か月二七日)中に逸失した利益は合計金四六万六四七一円となる。

(2) 後遺症による逸失利益

原告の勤務内容は前記認定のとおり二四時間連続の警備業務(但し、〔証拠略〕によれば隔日勤務と認められる。)であるが、その重労働性と警備業務の性質に鑑み、就業可能年令は通常六七才程度と推認され、原告についても、前記認定の原告自身の有する身体上の加令的変化をも勘案して就業可能期間は昭和四九年一二月三一日を限度とすると認めることが相当である。そして本件事故と相当因果関係にある原告の後遺症についてはこれを別表第九級相当と評価すべきことは前記のとおりであり、そうすると原告の本件事故と相当因果関係にある労働能力の喪失率は三五パーセントというべきである。

よつて、右就労可能期間内における後遺症による逸失利益の本件事故日の現在価格は「月別法定利率による単利年金現価総額表」によつて計算すると

79,063×35/100×(38.62998306-5.91404863)=905,315

すなわち金九〇万五、三一五円となる。

(3) なお原告は勤務会社による社会保険の保険料立替金相当額も損害として請求しているが、仮に右立替を受けていたとしても右立替には本件事故と相当因果関係が認められないばかりか、〔証拠略〕によれば、原告請求の逸失利益の基礎となつた平均給与は社会保険料控除前のものであることが認められるから、これを別個に請求することは二重請求に該当して許されない。

(三)  慰藉料

(1) 傷害に対する慰藉料

前記認定のとおり原告は本件事故により右肋骨多発性骨折等の重傷を受けたうえ外傷性肋膜炎を併発して一時はかなり重篤な状態にあつた(〔証拠略〕により認める。)のであり、入院六六日、本件事故と相当因果関係のある治療のための通院約四か月を要したことに照せば、傷害に対する慰藉料は金六〇万円が相当である。

(2) 後遺症に対する慰藉料

本件事故と相当因果関係のある後遺症に対する慰藉料としては金一〇五万円をもつて相当とする。

(3) そうすると慰藉料は合計金一六五万円ということになる。

4  以上本件事故と相当因果関係のある原告の全損害は金四〇一万〇、二八一円(内鑑定診察料金九〇〇円、昭和四八年六月一九日支払診断書作成手数料分金一、〇〇〇円を含む。)というべきであるが、右全損害のうち前記のとおり六割の割合による過失相殺を行つた金一六〇万四、一一二円(右鑑定診察料及び診断書作成手数料分合計金七六〇円を含む。)が被告の賠償すべき損害である。

六  一部弁済の抗弁について

被告が原告に対して休業補償金として金二五万円を支払つたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、被告は大聖病院に対して原告の治療費のうち金九〇万三、八七五円(自賠責保険金五〇万円を含む。)を立替払したことが認められるので、被告は右合計金一一五万三、八七五円についてはすでに原告に対して弁済したということができ、未払分は金四五万〇、二三七円ということになる。

七  弁護士費用

弁護士費用については、右未払分、その他諸般の事情を勘案して本件事故と相当因果関係にある分としては金五万円をもつて相当と認める。

八  よつて原告の本訴請求は、金五五万〇、二三七円及び内金四四万九、四七七円(前記鑑定診断書作成手数料分計金七六〇円及び弁護士費用金一〇万円を控除した残額。)に対する昭和四七年九月一日から完済まで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから一部認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 國枝和彦)

別紙図面

〈省略〉

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